【偉人伝】エジソンの人生から学んだ「仲間と手を組んで長所を活かす」ということ

みなさんはトーマス・エジソンといえば何を思い浮かべますか?

ほとんどの人は「白熱電球を発明した人」、少し詳しい方は「蓄音機を発明した人」という答えも出るかもしれません。

しかし、実際に調べてみると、たくさんの発明、特許の権利などのために起業しており、実業家としての一面もあります。

そんな彼の功績が評価されている理由は、発明はもちろん、その技術を世に広めるための努力にありました。

エジソンの発明家としての人生では、手を組んで名声があがる成功例と、特許などの利権争いで名声を逃した例があり、1人で成功したわけではないことを学ぶことができます。

彼の半生から世界に名を轟かせ成功した理由を、成功した例も失敗した例も含めて大切なものは何か学んでいきましょう。

エジソンも電話を発明!タッチの差で名声をベルに明け渡す

エジソンの発明の1つに、電話機があります。

当時、世界中で電話機が発明されようとしていて、音声を電力に変える発明が盛んに行われていました。

その中でエジソンは、炭素式マイクによる電話を開発し、特許を取得します。しかし、2週間ほど前にグラハム・ベルが出していた特許に抵触していると提訴されてしまいます。

最終的に電話の特許争いは相手方のベルが勝訴します。

電話に関してはベルが、電信関係の特許はエジソンと切り分けられることとなり、電話の特許争いで苦汁をなめることとなりました。

争ったため利権を分けるという形になり、電話の発明者という名声は得られなかったのではないでしょうか。

実際に発明していない!?有名な白熱電球をめぐる物語

しばしば「白熱電球の発明者」として紹介されるトーマス・エジソンですが、実際には発明していないと言われています。

トーマス・エジソンは発明された白熱電球をさらに使いやすくしたそうです。

発明された当時、「白熱電球」が光り輝く時間は13時間程度でした。
この白熱電球を発明したのはイギリスの「ジョセフ・スワン」という発明家です。

最終的にエジソンは素材をフィラメントに替え、約2450時間の長寿命を実現します。そのときに、京都の八幡男山付近の竹をフィラメントとして使っていたという話も有名ですよね。

作ったものの、白熱電球の権利はジョセフ・スワンにあります。エジソンはこの白熱電球を販売するために、ジョセフスワンと合同で電灯会社を設立して販売します。これが1883年のことです。

エジソンは、この白熱電球の研究開発資金を入手するために、1878年の時点で「電気の時代がやってくる」と大々的に宣伝。見事に研究資金を集めていたのです。

ちなみに、白熱電球の普及前に灯りとして使われていたガス関連会社は、とばっちりを受けて株価は大暴落したそうです。

弟子のニコラ・テスラと大論争!電流戦争でノーベル賞を逃したエジソン

アメリカで電力事業がこれから拡大するというときに、電流戦争と言われる、電力事業の争奪戦が起こります。

争ったのはトーマス・エジソンと、元々エジソンのもとで働いていた、二コラ・テスラです。

当時エジソンは、直流による送電設備を普及させていました。そこに待ったをかけたのがニコラ・テスラです。

より効率の良い電力供給ができるということで、交流電流を発明したものの、エジソンが認めなかったことに端を発し、決裂して争うことになります。

交流電流は危険だという噂を流すなど、あの手この手でエジソンは妨害しますが、ニコラ・テスラが安全性を実証して採用されるのは交流電流となりました。

後に、電力の供給に関して2人の功績を認め、エジソンとニコラ・テスラの2人に共同受賞という形でノーベル賞候補にあがります。

ほぼ受賞確定の功績でしたが、ニコラ・テスラが共同受賞を拒否してしまい、エジソンもノーベル賞を逃してしまったそうです。

“1日3食”はトースターを売り込むためにエジソンが作った!?

電気の世界が到来し、発電所による送電がスタートした当時、アメリカでは1日2食が常識だったそうです。

エジソンは電気を利用してもらうと、トースターを初め、電気で動く家電を次々と開発します。

そのうちの1つがトースターです。

1日3食を食べると健康になれるとキャンペーンを行い、トースターをヒットさせたそうです。

なぜ次々と素晴らしい発明ができるのかと質問された時には「私は1日3食の食事をしているからだ」と答えたそうです。

これは実際にはトースターを売りたいためのプロパガンダだと言われています。

エジソンの頭の良さにあやかりたいと1日3食、朝は食パンを食べるという文化になっていったと言われています

あまり知られていない事業家としての側面!1日18時間働く努力の人

エジソンの生涯は発明がフォーカスされていますが、彼は実業家としてもかなり優秀な人物です。

世の中に技術を広げるために生涯で14社もの会社を設立しています。そのうちの1社は現在世界最大の総合電気メーカーであるあのゼネラル・エレクトリック社です。

24時間体制で仕事に没頭していたことでも知られていて、1日18時間働いていたそうです。

彼は84歳で亡くなりますが、80歳の時点でも現役で働いていました。80歳で16時間労働をして、あと15年働かなければならないと言っていたそうです。

「自分にない長所や特技を持った方と手を組むことがとても大切」という学び

エジソンは多くの発明が評価されて、発明王として名を馳せています。

エジソンがここまで有名になったのは、彼が発明家としてだけではなく、起業家、実業家としても優秀であったことが挙げられます。

エジソンの人生を学ぶと特徴的なことが幾つかあり、手を組んだ時には名声を上げ、争った時には負けているということです。

電話機の訴訟争いでは、グラハム・ベルと争ってその権利を逃しています。

電力事業争いでは、元従業員のニコラ・テスラが推した交流電流に電力事業の軍配が上がります。

しかし、彼の名声を一番あげた白熱電球に関しては、先に発明したジョセフ・スワンと合同で会社を建てています。

エジソンのような優秀な方であっても、1人で大成功するのは難しいということを教えられます。

自分の持たない力を持つ人と力を合わせることこそ、エジソンの人生から学ぶ、努力と才能をいかし、成功者となる方法なのでしょう。